アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜(About Time)

タイムトラベルが教えてくれる本当の愛「アバウト・タイム~愛おしい時間について~」は本当に大切な人と観るべき映画!

カテゴリー恋愛
監督リチャード・カーティス
脚本リチャード・カーティス
製作会社ワーキング・タイトル・フィルムズ
レラティビティ・メディア
製作国イギリス
アメリカ
言語英語
公開2013年9月4日(アメリカ)
2013年11月3日(イギリス)
2014年9月27日(日本)
上映時間124分
製作費1200万ドル
興行収入8700万ドル(世界)
4億円(日本)

予告動画

要約

主人公の青年ティム・レイク(ドーナル・グリーソン)は、イギリス南西部に位置するコーンウォールに5人家族で住んでいる。父(ビル・ナイ)、母(リンゼイ・ダンカン)、妹のキット・カット(キャサリン)、そして叔父のデズモンド(リチャード・コーデリー)とは、毎週のようにみんなでピクニックや野外映画上映を楽しむほど仲が良い。

21歳の誕生日を迎えたティムは、父から一族の男には代々タイムトラベル能力があることを知らされる。また、過去に訪れた場所にしか行くことができないことや金や名声のために能力を使ってはいけないことを教えられた。自分に自信がなく彼女もいないティムは、恋愛のためにタイムトラベル能力を使おうと考える。

その年、キットの友達のシャーロット(マーゴット・ロビー)が夏休みの間中レイク家に滞在する。美人のシャーロットに一目ぼれしたティムは、最後の日に告白するが「もっと早くに告白してくれたら、付き合っていたかも」と振られてしまう。ティムはタイムトラベル能力を使い、夏休みの途中でシャーロットに告白するが「最後の日まで待てば付き合うかも」とやはりそっけない。

弁護士を目指すティムはロンドンに出て、脚本家のハリー(トム・ホランダー)の家に住み込む。市内のレストランではメアリー(レイチェル・マクアダムス)に出会い、二人は連絡先を交換する。いいムードの二人だが、ハリーの仕事の失敗をなかったことにするためにハリーがタイムトラベルをしたことで、メアリーとの出会いがなかったことになってしまう。

メアリーがケイト・モスのファンと言っていたことを思い出したティムは、ケイト・モスのイベントに行って、メアリーと再会する。メアリーには恋人がいたが、ティムはタイムトラベルを使って二人の出会いを阻止し、自分が付き合うことに成功する。その後、ティムは再会したシャーロットから誘われるも断り、メアリーにプロポーズをした。結婚した二人は娘を授かり、ポージーと名付ける。

ポージーの一歳の誕生日に仕事も恋愛もうまくいかず、自暴自棄になったキットが飲酒運転による自動車事故を起こす。キットが荒れた原因はボーイフレンド・ジミーにあり、彼に会わなければ事故にあうことはないと考えたティムは、タイムトラベルをして二人の出会いを阻止する。

一件落着と思い、現在に戻るとポージーは存在せず、代わりに男の子が生まれていた。父は「子どもが生まれる前にタイムトラベルをすると、その子は産まれない」と教える。ティムはキットの過去を変えたことを取消し、再びポージーを得た。キットは事故から順調に回復し、ティムの友人であるジェイと付き合い始めた。ティムは二人目の子ども・ジェフに恵まれる。

ティムの父親が末期がんを患っている事実が発覚する。タイムトラベルで父の病気を救うことができないとわかったティムは落ち込むが、父は「タイムトラベルをして毎日を二度過ごすように」と伝える。最初は緊張や不安で気づけないこの世の素晴らしさに気付けるというのだ。そして、父は亡くなる。その後も父に会いたくなるとティムは過去に戻っていたが…。

 

レビュー

イギリス(正確に言えばアメリカと合作)映画らしく、映画には終始上品な雰囲気が漂っている。コーンウォールやロンドンといったイギリスの街並みはもちろんだが、随所にちりばめられた出演者たちのウィットの効いたセリフも作品を上質なものに仕上げている。

監督は日本でも今なお人気が高い「ラブ・アクチュアリー」のリチャード・カーティス。「ノッティングヒルの恋人」など有名な恋愛映画の脚本も多く手掛けていることで知られているが、本作はどちらかと言えば恋愛映画というよりは家族映画としての色合いが濃い。

タイムトラベルを取り扱った映画は決して珍しいものではない。日本では「時をかける少女」や2016年に大ヒットを記録した「君の名は。」が有名だし、洋画でも「バック・トウ・ザ・フューチャー」や「マイノリティ・リポート」など枚挙にいとまがない。大切な人を危機から救うために何度もタイムトラベルを繰り返す、という点では、本作は「バタフライエフェクト」に似ている。

しかし、これらの作品と本作の決定的な違いが、「タイムトラベル経験者が身近に存在する」という点だ。父親がタイムトラベラーであることで、主人公のティムはタイムトラベラーであるからこそ理解できる苦しみや悲しみを共有することで、父親との絆をさらに深めていく。タイムトラベラーであるのに、大切な人と過ごした時間を取り戻せないと悟るシーンは大変切ない。

「子どもが産まれた前に戻ると、その子どもはいないことになってしまう」という独自のルールを設けたところもおもしろい。愛する人と過ごした時間とこれから産まれる子どものどちらを選ぶのか。言ってみれば、「過去と未来のどちらに価値があるのだろうか」という制作者側からの問いかけだろう。

本作は「タイムトラベルもの」でありながらも、決してその特異性を前面に出しているわけでもなければタイムトラベルが素晴らしい能力と訴えているわけでもない。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に出てくるデロリアンのように、仰々しくタイムトラベルするのではなく、暗くて狭いところで、手を握って両手を強くつむるだけで時間移動できるシンプルな設定にしたことからもわかる。

ティムの父が「(タイムトラベルは)そんなにドラマチックなものではない」と諭すシーンは、タイムトラベルできるからといって世界を変えられるわけではないし、変えたところで何か劇的なことが起こるのではないという制作者側の意図を代弁させている。

タイムトラベルのすごさではなく、これまで過ごしてきた時間がいかに貴重なものかを知り、周りの人の大切さを認識することがこの映画の肝だ。タイムトラベルとSF要素を取り入れながらも、堅実さを忘れないところはいかにもイギリス映画と言えよう。

ネタバレになってしまうので詳しく書けないが、最後のティムの選択は涙失くして見られない。タイムトラベラーであるがゆえの悲しみだけではなく、時間は決して取り戻せないものであるからこそ、平凡な日常を大切にしなければと教えてくれる名作だ。

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