バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)Birdman or The Unexpected Virtue of Ignorance

『バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』は傑作⁉それとも駄作?答えはあなた次第!

カテゴリードラマ
監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
脚本アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
ニコラス・ジャコボーン
アーマンド・ボー
アレクサンダー・ディネラリス・Jr
製作リージェンシー・エンタープライズ
ワールドビュー・エンターテインメント
製作国アメリカ
言語英語
公開2014年10月17日(アメリカ)
2015年4月10日(日本)
上映時間119分
製作費1800万ドル
興行収入1億300万ドル(世界)
4200万ドル(アメリカ)
4億3400万円(日本)

予告動画

要約

リーガン・トムソン(マイケル・キートン)は、かつてブロックバスター映画である『バードマン』でスーパーヒーローのバードマンを演じたスター俳優。しかし、バードマン以降はヒットに恵まれず、60代に入ってしまった。世間からは過去の俳優として忘れ去られ、妻とは離婚、娘は薬物中毒になるなど家庭生活もすっかり破綻している。

ある時からリーガンは、楽屋に貼られた『バードマン』のポスターから発せられる、落ちぶれた自分への罵声に悩まされていた。しかし、バードマンからハリウッドに戻るように言われたリーガンは、俳優としてではなくアーティストとしてブロードウェイへ進出する無謀ともいえる計画を立てる。

題目には自らが俳優を志すきっかけとなった、カーヴァ―の短編小説『愛について語るときに我々の語ること』を選び、脚色と演出さらには主演を務めることを決めた。プロダクションは弁護士のジェイク(ザック・ガリフィアナキス)、そして共演者には恋人のローラ・オーバーン(アンドレア・ライズボロー)とラルフ(ジェレミー・シャーモス)、レズリー・トルーマン(ナオミ・ワッツ)を選び、アシスタントには薬物依存症を克服したばかりの自分の娘サム・トムソン(エマ・ストーン)を採用した。

プレビュー公演のリハーサルの最中、ラルフに照明が落下したため、彼は舞台に立てなくなってしまう。リーガンはレズリーから代役として実力派俳優のマイク・シャイナー(エドワード・ノートン)を紹介される。マイクの演技力は確かだったが、プレビュー公演で飲んだジンが本物の酒ではなかったために舞台をめちゃくちゃにするなど、かなり破天荒でわがままな性格だった。

リーガンはマイクの降板を考えるが、マイクが出演するために売れているチケットのことを考えるとどうしてもできなかった。2回目のプレビュー公演の前日、リーガンはマイクを飲みに誘って自分が舞台にかける情熱と、レイモンド・カーヴァ―にかつて演技を褒められた過去を語った。

2度目の公演では何とか成功をおさめるが、注目はリーガンではなくマイクにばかり集まる。それが気にくわないリーガンだがプレビュー最終日、タバコを吸おうと外に出たリーガンは、扉をロックされて劇場から締め出されてしまう。仕方なく、ブリーフパンツ一枚で劇場周辺を周り、道行く人々の注目を集める。その様子がYouTubeにアップされたことで、リーガンの芝居は大きな注目を浴びることになった。

リーガンは不本意なニュースで注目を集めたことに深く落ち込み、バーに向かう。そこで、演劇評論家のタビサ・ディキンソン(リンゼイ・ダンカン)と顔を合わすが、タビサは劇を酷評するといい、さらには「あなたは本当の役者ではない」と言い放つ。そんなタビサにリーガンは初日公演で目に物を見せると言い切った。

翌朝、リーガンがバードマンの声で目を覚ますと、そこにはバードマンの実体がいた。バードマンはリーガンを大作映画の世界へ向かわせようとし、それに答えたリーガンは屋上からニューヨークの街を飛び回る。

舞台初日、リーガンの元妻・シルビア(エイミー・ライアン)が舞台裏にやってくる。リーガンはシルビアとサムに過去の話と、この舞台の大切さを語った。幕が開き、リーガンは本物の銃を持って舞台に向かう。そして物語終盤、本物の銃で自分自身の頭を撃つのだった。

しかし、なんとかリーガンは一命をとりとめる。頭を撃ったつもりだったが、弾道が外れて鼻を吹き飛ばしていたのだ。新聞でタビサは舞台を絶賛し、世間はリーガンの復活を待ち望むようになっていた。そんなリーガンの前に、またバードマンが現われて…。

レビュー

2015年アカデミー賞作品賞・監督賞・脚本賞・撮影賞を受賞し、大きな話題を呼んだ作品。その一方で、興行収入が歴代の受賞作品の中でもトップクラスに低い、となんとも不名誉な話題でも注目を集めた。

確かにかなり観る人を選ぶ作品だろう。私も一回見ただけでは内容がすべて理解できず、二回見てしまったほどだ。ワンカットで撮影されたかのようなカメラワークが今作の大きなポイントであるが、それがかえって物語を分かりにくくしていたのではないだろうか。あらすじを読めばわかる通り、今作はリーガンの現実と虚構が描かれているのだが、ワンテンポで続いているため、どこからどこまでが現実であり、虚構なのかがすこぶるわかりにくい。

また、リーガンにとって救いがない展開が続くのも辛い。世間にも家族にも、そして俳優仲間からも見放され、孤立無援のリーガン。自業自得の部分もあるとはいえ、トボトボと夜の街を歩く寂しいおじさんの姿に哀れみを感じた人も多いだろう。

リーガンがブロードウェイ化を試みた『愛について語るときに我々の語ること』のストーリーも、今作の鬱屈した雰囲気をさらに重くしている。「なんだか深みがある」というところまでは理解できるのだが、実際見ていても退屈を覚えるのだ。

どう考えても一般受けはしないし、日本はおろかアメリカでさえもヒットしなかったが、それでも本作は玄人筋からは評価され、アカデミー賞以外にもさまざまな賞を受賞している。その理由は、本作の至るところに散りばめられたブラックジョークにあるだろう。

まず、主演にかつて『バットマン』シリーズで人気を博したマイケル・キートンを起用したところ。リーガンと同じ境遇を思わせるキャスティングが見事だ。また、純粋に作品として評価されたいと願う一方で、YouTubeへの動画投稿や本物の銃を使った演出など、結局は「話題づくり」で注目を集めるようになる過程にも皮肉が効いている。

本作のタイトルである「あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」は演劇評論家のタビサの言葉だが、なぜ彼女の言葉がタイトルにくっついているかは、映画を観てもらえばきっとわかるはずだ。ここに本作最大の皮肉が込められているといえるだろう。

わかりやすいラブストーリーやアクション映画と比べると単調で、つまらないと感じる人が多いのも納得。しかし、映画や舞台に関わったことがある人であれば、つまびらかにされた業界の闇を楽しく鑑賞できるのではないだろうか。ブレイク前のエマ・ストーンも見られるので、一度見る価値はあるはずだ。

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