善き人のためのソナタ(Das Leben der Anderen)

第79回アカデミー外国語映画賞の『善き人のためのソナタ』はヨーロッパらしさの残る良作

カテゴリードラマ
監督フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
脚本フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
製作クヴィリン・ベルク
マックス・ヴィーデマン
製作会社アルテ
バイエルン放送
言語ドイツ語
公開2006年3月23日(ドイツ)
2007年2月10日(日本)
上映時間137分
製作国ドイツ
製作費200万ドル
興行収入7730万ドル

予告動画

要約

1984年の東ドイツでは社会主義国家のもと、さまざまな作家やアーティストの思想弾圧が行われていた。疑わしきものは徹底的に監視し、反逆者であれば容赦なく取り締まるのが「シュタージ(国家保安省)」の役割だった。

主人公のゲルト・ヴィースラー(ウルリッヒ・ミューエ)はシュタージの優秀な役人で、反逆者への取り締まりのみならず、大学で尋問に関する講義を行っていた。その日も教壇に立ち「尋問の基本は40時間」と教えていたところ、かつての学友で、現在はヴィースラーの上司に当たるアントン・グルビッツ(ウルリッヒ・トゥクル)が訪ねてきた。グルビッツに人気劇作家のゲオルク・ドライマン(セバスチャン・コッホ)の新作舞台に誘われたヴィースラーは同行する。グルビッツはドライマンが反逆者であると考え、ヴィースラーに彼の監視を任せたかったのだ。

かくしてヴィースラーによる監視が始まる。ドライマンの留守中に盗聴器をしかけ、隣人には口外することがないようにと脅す。同僚と交代しながら、ドライマンの自宅内を盗聴し、彼の言動をすべて記録していった。

ドライマンにはクリスタ・マリア・ジーラント(マルティナ・ゲデック)という女優の恋人がいた。東ドイツでは国家が役者や作家、演出家を決めていたため、クリスタはブルーノ・ハムプフ大臣(トーマス・ティーメ)の愛人にもなり、性的な関係を持つ。その点もヴィースラーは記録していたが、ハムプフ大臣の顔色を気にするグルビッツは削除するように命じる。

ドライマンに同情の気持ちを持ったヴィースラーは、クリスタがハムプフの愛人であることを気づかせるが、ドライマンはすでに知っていた。ドライマンとクリスタの深い愛情に人恋しさを覚えたヴィースラーはコールガールを呼ぶが、刹那的な愛情しか得られずにむなしさを覚える。

ドライマンの監視を始めてから、ヴィースラーの心に確かな変化が訪れる。ヴィースラーはこっそりドライマンの部屋に忍び込み、ベルトルト・ブレヒトの詩集を持ち帰って熟読する。

あるとき、ドライマンの友人で会ったアルベルト・イェルスカ(フォルクマー・クライネルト)が自殺する。彼はかつて有名な演出家だったが、反体制的な芸術活動を行ったため、干されていたのだ。彼の死に落胆したドライマンは、かつてイェルスカからプレゼントされた楽譜「善き人のためのソナタ」をピアノで演奏する。盗聴していたヴィースラーはその演奏を聴いて恍惚とする。

ドライマンにハムプフ大臣との仲を知られてからも、クリスタはなおも関係を続けていた。ドライマンは出かけるクリスタを引き留めようとするが、彼女は振り切って出ていってしまう。心配したヴィースラーは酒場に先回りして、自分を大切にするようにとクリスタにアドバイスをする。翌日の報告書でクリスタが大臣のところにいかなかったことを知り、心から安堵した。

イェルスカの自殺を機に、ドライマンは反体制仲間とともに国家に歯向かうことを決心する。ドライマンは自宅が盗聴されていないか確かめるためにガセネタを流す。しかし、ヴィースラーはこの報告を見逃すことにした。

自宅が盗聴されていないと確信したドライマンたちは、イェルスカの告発文を西ドイツの雑誌に匿名で寄稿することを思いつく。足がつかないように特殊なタイプライターを用意して、普段は床の下に隠しておいた。

そしてドライマンたちの寄稿は成功する。グルビッツはヴィースラーを呼びつけて叱責し、彼の仕事ぶりをひそかに疑うようになる。決定的な証拠をつかみたいと考えたグルビッツは、クリスタを薬物所持の罪で逮捕する。グルビッツはクリスタを尋問するが、そのとき彼女の口から出てきた言葉とは…。

レビュー

本作の舞台となっているのは1984年で、現在から35年も前の話だが、この映画を見た人は一体どのように感じるのだろうか。ドイツのような先進国で、こんな活動がたった30年前まで行われていたことに驚く人もいるはずだ。しかも、24時間365日の徹底した監視と記録というアナログな手法に、かえって恐ろしさを感じる。

本作はフィクションであるそうだが、実際にはヴィースラーと同じような気持ちになったことのあるシュタージはいたのではないだろうか。そんな風に思えるほど、本作のストーリーはリアルだった。

ドイツ映画らしく、ひたすら重苦しく、淡々とした描写が続くので、動きの少ない映画が苦手な人は鑑賞するのが苦痛かもしれない。しかし、抑えたストーリーだからこそヴィースラーの鉄のように冷たい心が少しずつ開いていく姿が印象に残る。エレベーターで一緒になった、(おそらく)反逆者の父親を持つ子どもを見逃すシーンは非常に印象的だ。他にもコールガールを呼び出すところや、時間にきっちりしていたヴィースラーがいつも遅刻してくる同僚に何も言わなくなるところなど、ちょっとしたシーンで彼の変化がわかる。

このさりげなさがヨーロッパ映画らしさだと言えるだろう。抑えたストーリー展開だからこそ、たまに入ってくるスリルやサスペンスにもドキドキしてしまう。このバランスの取り方は監督の上手いところだろう。

ヨーロッパ映画らしさと言えば、クリスタがいかにもヨーロッパ映画のヒロインらしくて見ていて楽しめる。美貌を武器に男性をたらしこむところや、平気で何度も嘘をついて裏切るところなどはまさに「ファム・ファタル」らしい。時代やテーマゆえに暗いシーンが多いのだが、クリスタが出てくるだけで画面がぱっと明るくなり、大きな存在感を残している。ドライマンが心惹かれるのも納得だ。

今作の見どころはふたつある。ひとつはドライマンとクリスタの恋の行方、そして東西統一後のドイツでヴィースラーがどうなってしまうのかという点だ。社会主義に忠実に生きてきたヴィースラーは、言ってみれば反体制分子を排除する東ドイツそのもの。しかし、歴史が証明している通り、東ドイツは長くは続かない。体制が滅び、行き場を失くしたヴィースラーがどのように生きていくのか、ベルリンの壁崩壊後のドイツの変遷と重ね合わせて見ると大変興味深い。

すでに10年以上前の映画となっているが、アカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞しているだけあって、優れた作品だ。アカデミー賞が開催されるこのシーズン、過去の受賞作を振り返ってみてはいかがだろうか?

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